痛くないように、してくださいね
今日のお客様の打ち合わせ中
先日、納棺をさせていただいたお客様が葬儀社に支払いに来るという。
奥さんが「奥に行ってお客さんと会わないように」
私たち納棺師は、仕事が終わったら用無しか・・
確かに、葬儀社にすればあくまでも自社のお客様
納棺は仕事は、葬儀の一部の作業に過ぎない
一般的にいえば、お手伝いをさせていただいたお客様と遭遇しましたら頭ぐらいは下げるでしょう。
それも許せないのだろうか?
機械でもあるまいし。
葬儀社をたてるのは、礼儀ではあるがフリーはやはり孤独です。
某テレビ局のアナウンサーが「会社員のときは、仲間がいたが。フリーになるとすごく孤独です。」
この意味がよく分かったような。。
フリーの立場は、お客様とコンタクトさえ許されない。
昼食時に何度か見知らぬ方に声をかけられる事があります。
「先日はどうも、ありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
しかし、私はどなたかはよくわからい・・
故人の家族は、ほとんど覚えていない
かすかに、うる覚え・・覚えていないっていいだろう。
納棺師の仕事は、故人を見ているのだろうか。
それとも、遺族の顔は覚えていないが、遺族の思いを覚えているのだろうか?
今まで、他人の納棺に携わってきたが、なぜ覚えていないのだろうか?
「故人にこんなことした、遺族の想いに答えた」
これだけで、いいのだ。
長老の方に「痛くないように、してくださいね」
「はい・・・」
96歳の男性で、痩せ型で綺麗な故人でした。
手際よく、納棺して柩に納めました。
長老に尋ねてみると、
「ていねいにやっていただいて、ありがとうございました」と答えられました。
午後から忙しい一日だった
午後一時の葬儀司会を担当していました。
葬儀が終了して、マイク設備を撤去し終わったのが、午後二時半過ぎ。
それから、60キロ離れた納棺するお宅に直行しました。
三時前に葬儀しゃの社長に連絡。
「三時半前には、到着すると思います」
二件葬儀が入っていたので
「自宅はどちらですか。新聞のおくやみ欄を切り抜いて持っていますので、ナビで調べておきます」
「気をつけて、早くきてくだい」と、矛盾のある言葉。。。
高速道路をまっしぐら、日曜日だったので高速割引で750円とラッキー。
高速を降りてからも、休日なので、一般道も少し込み気味。
あせる気持ちでイライラ、信号待ちで煙草をついつい吸ってします。
ようやく、葬儀社に着いて自宅を確認してからすぐ当家に向かった。
ゆとりは無かったが、時間通り納棺を始めることができた。
私のように、葬儀司会と納棺の仕事をしているものは、こんな時間との戦いがまれにあります。
一日に二件以上、仕事があるときは、仕事の充実感がすごくあります。
仕事が終わって汗もたくさん出て、家に帰って体脂肪率を計ってみると、21.5%にもなっていた。
水をゴクゴク飲んだら、また元に戻ってしまった。残念!!
玄関から縁からか?柩はどちらから出す
浄土真宗本願寺のお寺様は、真宗でも作法にこだわった宗派でしょうか。
納棺の前にお勤めを行われます。
お勤めの後、法話をされる方(焼香の仕方、お経の意味などなど)
お勤めが終わると、経机を離れ親族全員に焼香をしていただいたりします。
納棺が四時からになっています。
今回は、四時からお勤めをしてから親族に焼香をしてもらいました。
私も廊下で、待っていると近所のお手伝いの女性から
「時間は大丈夫なの?」
「作法は大事ですから、焼香が終るまで待っています。」
しばらくして、後方の焼香にになり、
また、お手伝いの女性は、「お花入れるだけなので」
と、焼香は遠慮されました。
時間も過ぎて、四時二十分。
納棺を始めると、お勤め、焼香の後なので全員正座をしています。
「納棺は時間がかかりますので、どうぞ足を崩してください」
喪主を先頭に男性全員があぐらをかいた。
足を崩してからは、緊張気味だった親族も少し和んだような気がしました。
故人は八十八歳の男性で身体ががっしりした方で、かなり重い。
この時期にしては、かなりの汗をかいてしまった。
柩に納めたときも、肩幅も広く少し狭いような・・
肩をを少し上げ気味で納め、もう一度仏衣を整え、親族にお花を入れていただいた。
同時、故人の着ていた背広を柩に納めさせていただきました。
「柩はどちらから出しますか?」
喪主は、「玄関からでお願いしますが、前は縁から出したなぁ~」
私に「何で縁から出すの?」と質問され、
「玄関から出ると、また玄関に戻って来ようと迷うからです。昔からの言い伝えです。迷信ですがこの地域ではよくみられます。」
喪主の判断で、結論として「縁から柩を出す」と判断されました。
当家が迷っている場合は、質問に対してははっきり答えを出してあげることは、すごく大切なことだと思いました。
人材派遣でホールレディをしている女性の親戚
名士の家らしく、建物はすごく立派な家です。
親戚の多く、たくさんの方が納棺の時間を待っていた。
世話方の指示で、「時間励行で行ってください」
納棺の準備も終わり、時間待ちのとき、突然私に声をかけてきた若い女性。
「よろしく、お願いします」
「はい」
何処か会ったような・・
そうです、人材派遣でホールレディをしている女性だった。
故人の姪だそうです。
ホールでいつも、葬儀のお手伝いをしているのでしっかりしていたが、納棺は初めて観るらしく
「いいがに、してください」
よく言われる言葉です。
納棺の仕事で、「いいがに」とは何だろう! といつも考えます。
精一杯の仕事をするだけです。
故人は58歳の男性で、洋服を着ているそうです。
病院で、「着物と服どちらにしますか?」
遺族が、「洋服で」
動揺していたのだろうか、「洋服で」考えもなく答えたそうです。
最近、病院の傾向なのだろうか? 珍しい。
上半身に、ジャンバー・Yシャツ・シャツ、下半身はスラックス。
洋服は簡単にに脱がすことができ、難しくなく布団の中で脱がすことができました。
着せ替えが終わり、布団をはぐると、お孫さんが大きな声で泣きはじめた。
髭を剃り、遺族に顔を綿花で6人に拭いていただいた。
全員涙を流し、特に足の悪い母親が拭く姿が心に残った。
子どもを送る姿、いつもながらだが心を打たれる。
柩には、故人がいつも使っていた枕をひいて納めました。
また、お孫さんが書いた、おじぃちゃんの描いた絵を四枚納めてもらいました。
明日の葬儀は、台風が近づいてきているので心配です。
古い家で、造りがもろい
家は、けっこう古くところどころが腐って底がが抜けそうな家でした。
家の造りも、居間を通り狭い廊下そして仏間と狭い中を通らなくてはならない。
仏間も六帖、縁が二帖と八帖はあるが、タンスや飾り物もたくさんあり、納棺時も親族全員は中には入れない。
狭いながらも、中に入ったのは女性郡ばかり。
着せ替えも終わり、布団をはぐると「上手く着せるもんだね」
頭にドライシャンプーをすると、「頭を洗ってる」
次は、「髭を剃ってる」「鼻毛を切ってる」「鼻くそも取ってる」「化粧してる」
一回、一回、私の動作にものを申してる・・
柩の納棺するときは、男性郡が居間に待機しているので、
「柩にいれますので、男性の方よろしくお願いします」と声をかける。
また、女性郡は、柩に入ってる顔は
「生きているときと同じだね」と連発。。
「え~、まるで生きているいるよ」
「綺麗になったね」
とさまざまに、つぶやいていました。
そんな、特別なことをしたのではないが、女性郡はすごく喜んでいただいた。
また、出棺するときは狭い廊下を通らなくてはならない。
私とスタッフで柩の前後を持って柩を出しました。
故人もかなり体重があったので、腕には柩の跡がいまだに残っている。
大変、重かったよ~~。。
別の話だが、搬送車が家の前まで入るのに、マンホールの蓋を割ってしまった。
マンホールは普通、鉄で出来ているのだが、安く作ってあるのだろうか。プラスチック製で年数が経っているのでもろくも割れてしまったのだろう。
穴の開いた、マンホールの上には、ビール箱とタルキを置いて乗らないように防いだようです。
戦後に作られた家は、簡易に作られている家は、時代が物語っているかも。
お花を全部入れますかね。
お亡くなりなったのは、八十歳の女性。
病院へ遺体をお迎えに伺いました。
遺族は、息子さんでしょうか?男性が一人付き添っていました。
男性は車があるので、搬送車には乗車せず自分の車で家まで行くということで病院の駐車場まで共にして降りていただきました。
道中は長く、葬儀社さんと共に自宅に向かいました。
家に到着すると、おじぃちゃんが一人いて家を片付けていました。
仏間の六帖の部屋と並びの六帖の部屋は、綺麗に片付いていた。
おじぃちゃんに「遺体を寝かす、敷布団と着布団を用意してください」
掃除を一時止めて、家中を探してもらいました。
数分過ぎても、布団は用意されておらず、ウロウロを部屋を片付けている。
どうも、少し動転しているのか、痴呆があるのか行動がすごく変だ。
息子さんが到着すると、布団を一緒に探してくれました。
到着してから、布団が用意されたのが三十分後ぐらい経過していました。
枕飾りを用意して、日程を決めお寺様に連絡。
日にちが0時をまわっていたので、翌々日が葬儀になりました。
夏場なので、早めにということで、今日の夕方に納棺することに。
納棺時間に当家に伺うと、すっかり部屋も綺麗になっていて、親戚も二十人程度集まっていました。
相変わらず、おじぃちゃんは何かがしたくて、落ち着かない。
おじぃちゃんは、亡くなった女性の夫でした。
色白の女性で、化粧も薄化粧で口紅も薄く塗り、綺麗に仕上がりました。
「昔は大変な美人で、旦那さんはよくやきもちを妬いていたもんだよ」と親戚の女性が言っていました。
納棺をして、男性四人で柩に納めました。
柩に納棺花を入れてもらうときに、
「遺族の方からどうぞ・・」
柩の頭の上に置いておくと、おじぃちゃんからお花を入れてもらうと、いきなり花をわしづかみして菊の花からユリ、デンファレと次から次へと全部入れる様子。
私も気づき、途中であわてて止めて、親族の方にも少し残っていたので入れて頂きました。
全部入れる、遺族も初めてみました。
よく考えると、「それでもいいかな」
遺族でもない親戚が、お花を入れる? 誰が決めたのだろうか?
自然に行っていた行為だが、昔からだろうか?
いつから、納棺には親戚が集まるのか?
遺族だけでも良いのではないだろうか。
親戚の方はお花を入れたいのだろうか。ふと疑問に思った。
遺族の気持ち、親族の気持ちを大切に納棺をおこなっていきます。
他宗派で葬儀
13日に、90歳のおばぁちゃんが亡くなりました。
菩提寺が浄土宗で他県にあって、お盆ということもあって、18日以降でないと葬儀はできない。
そこで今回は、紹介で浄土真宗のお寺様に葬儀をおこなうことになりました。
娘さんが三人いて、長女が喪主をつとめました。
娘さん三人とも、少し個性が強く打ち合わせしても、一転二転してなかなか決まらない。
少し、珍しいケースで長女が商店街で雑貨屋を営んでいてそちらで住まいをしているらしく、新築を建てたが一度も住まいをしていません。
家には、台所もあるが、生活感がないためなにも無い。電気・水道はあるがガスがないためお湯は沸かせない。
そこで、住まいをしていないので、改めて「遺骨をどうするか」が問題になり、
一.新しい自宅に安置する。
一.長女のお店に安置する。
一.お寺に預ける。
一.すぐに、墓に入れる。
お骨をほったらかししたくないが、お店をやっている場所は、物が多く一人座るので精一杯。
これもなかなか結果がでなかったが、納棺の時間が過ぎていたので、結果的には、新しい自宅に安置して七日ごとにお寺様にお参りしていただくときに長女が家で待っているのでお願いしました。
浄土宗のお寺から、借りた仏様・七条を掛けて通夜・葬儀・初七日法要を行いました。
あごが上がっていて、口が開いているのをなんとかしてほしいと要望があり、頭に枕を二つ重ね、あごをタオルを当ててほぼ閉じることができました。
薄化粧をすると、「化粧をするの!!」
どうも初めて化粧をするみたような言い方をされましたが、
次女が、「若いときは化粧もしていたよ!」
もともと綺麗な顔立ちだったので、かなりいい感じなったと思ってます。
納棺には、男性が二人しかいない柩に入れる人数は私と含めて三人でした。
軽いおばぁちゃんだったので、無理なく納棺することができました。
おじぃちゃんが倒れたよ。
92歳のおばぁちゃんが亡くなりました。
大きい屋敷の床の間に遺体が安置してありました。
親戚も多く、子や孫そして曾孫と40人はどいただろうか。
喪主は、70代の長男。きりっとした男前・・
納棺のとき、どうぞ「出来るだけ、故人の近くで見守ってください」
奥の部屋からおじぃちゃん(故人の夫)が若い人たちにつながって床の間に連れてきました。
自宅療養中のおじぃちゃんに座ってもらうために、台所から椅子を用意されました。
座っていただいた場所は、故人の一番近くで故人の頭の左上に座っていただきました。
納棺を始めて、仏衣に着せ替えをしました。
布団をはぐると突然、頭の上で「ドターン」と鳴り響き、何が起きたかと振り向けば、おじぃちゃんが故人の頭の上の方で倒れているではないか。
長時間、椅子に座っていたので、具合が悪くなったのか、連れ合いの姿に動揺したのか定かではないが、意識を失うほどの倒れ方であった。
私は医者ではないので、どうしようもなく納棺を一時中断・・
親戚の若衆が、様子を伺いながら脳卒中の疑いもあるので、しばらく落ち着くまでそのままにしていました。
敷布団を用意して数人で布団を抱えるように、部屋まで運び込みました。
20分程度中断した後、故人を柩に納棺しました。
出棺したあと、おじぃちゃんの様子を伺ったが、以前として意識が戻らないので病院へ行くことになった。
あまり高齢の方や重病人には、「納棺の儀」は興奮させる要素があると想いしらされた。
荼毘式の納棺
浄土真宗の住職が亡くなりました。
事前の打ち合わせとして、世話方と話の中で、七条袈裟のことがテーマになりました。
各寺院に袈裟タンスがあるようです。(実際には見たことがないのですが・・)
住職や坊守が亡くなると、柩の上に七条袈裟と修多羅を掛けます。
七条袈裟と修多羅はピンキリはありますが、かなり高価なものです。
昔は、その七条袈裟と修多羅をそのまま柩といっしょに燃やしたものだとか。
そして、新たに門徒衆から寄付を受けて、七条袈裟と修多羅を購入したそうです。
そんな話を聞いて、門徒離れしているのは、
「お寺さんが門徒へ指導を行なっていない証ではないでしょうか?」
と問いかけると、言葉が無かった!
これじゃ~、まだまだ門徒離れが加速するのは当然でしょう。
いくら、仏法を語っても門徒が離れるはず!
お寺さんは門徒の寄付で成り立っている。
葬儀や法要をやっても門徒の少ないお寺は、現実に副職をもっているのが現状でしょう。
お寺が教えなければ、ならないことってあるでしょう。
子どもの教育を学校の先生に押し付け、モンスターペアレントなどという苦情および訴訟そのものを意識しての用語として日本で生まれるわけです。
子どもを育てるまでに、親の教育がなっていないのはお寺さんの指導が悪いようにさえ思えてきた。
ちょっといきすぎかな・・・?
ともかく、もう少しお寺さんも考えてほしい気がします。
お寺の納棺は、お勤めと同時に行います。
床の間ある部屋で、私と故人だけ。
つい立をして、親族や寺院は影からしか見えない。
独特な雰囲気の中で、納棺の作業を行う。
柩の中には、住職の衣を上に掛けて納める。
親族に納棺花を入れて頂き、柩の蓋を閉じる。
納棺の儀が終わると、四人の門徒衆が白衣に着替え、床の間の部屋からお寺の内陣に運ぶ。
入れ歯の経験度
突然に葬儀社から搬送依頼がきました。
自宅から葬儀社まで、少し時間かかり準備を整えていましたらあっという間に1時間程度過ぎてしまいました。
電話を受けてから約1時間20分ぐらいかかってしまい、お客様に迷惑をかけてしまった。
搬送して、自宅に安置をすると親戚関係が続々と弔問。
お寺様も、時間がかかったいたので安置と同時来られました。
遺体には、ドライアイス。
枕机をすぐに設置して、枕経をあげてもらいました。
葬儀も夜だったのでと事前に1件他のお客様がすでに入っていたので、即翌々日の葬儀日程が決定。
とことが、ここにきて、翌日の昼は30℃を越える暑い日でドライアイスがもたない。
昼には、10キロ入れていたのもほとんど無くなっていました。
追加で、もう10キロ入れて、腐敗を抑えるようにしました。
納棺のときは、すでに硬直がとれていて、ドライアイスが置いてある以外はもうゆるゆる!
入れ歯を用意されていて、口にきっちりとはめ込むことができ、顔の形が整った感じ。
何回も入れ歯を入れる経験をすると、簡単にできるようになった。これも経験がいりますね。
納棺で入れ歯を入れるのは決して綺麗なものではありません。
怖がって、なかなかいれない納棺師は多いのではないでしょうか。
入れ歯を入れるとどうしても、口が開きます。
あごの下にタオルで抑え、綿花で衿を作り綺麗納めさせていただきました。